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【TOHOKU University 365体育|365体育投注@er in Focus】Vol.027 タンパク質の構造変化を動画としてとらえる

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学多元物質科学研究所 南後 恵理子 教授

多元物質科学研究所 南後 恵理子(なんご えりこ)教授

SPring-8(スプリング?エイト)という名前を聞いたことはあるでしょうか。犯行の物証となる物質を特定した犯罪捜査で使用されたことで有名になったこともありました。SPring-8というのは、放射光という電磁波を発生する巨大な装置です。

放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。その電磁波にはX線も含まれており、SPring-8は世界で最も強いX線光源です。このX線を使うと、物質の原子?分子レベルの構造を調べることができます。しかし、原子や分子の瞬間的な動きを観察するには強度が足りませんでした。

そこを補強するために、SACLAという施設が建設されました。SACLAはさらに強い強度のX線自由電子レーザーの発生を可能にし、2012年に運用を開始しました。南後さんは、SACLAが発射するX線自由電子レーザーを用いたX線結晶構造解析の研究を行ってきました。

有機合成からタンパク質構造解析へ

南後さんは、東京工業大学(2024年10月には東京科学大学に改称予定)理学部化学科を卒業し、大学院に進学しました。大学進学にあたって化学を専攻することにしたのは、化学反応に興味があったことと?化学は無機化学、有機化学?物理化学などと広い分野を含む点で魅力的だったからでした。そして大学での専攻分野としては、生命科学とも関連する天然物化学を選ぶことに迷いはなかったといいます。

大学院に進学した頃、文部科学省の大型プロジェクト「タンパク3000」が始まりました。これは2002年から5年間で、生命活動において重要なおよそ3000種類以上のタンパク質の構造とその機能の解明を目指したものです。

南後さんは?研究室では有機合成を手がけ、学内の共同研究先では、SPring-8を用いた結晶構造解析を学び?自身で構造解析も行いました。その過程で、有機合成よりも構造解析を中心にした研究がやりたくなったそうです。その頃、SPring-8を擁する大型放射光施設では、SACLAの建設が進んでいました。SACLAを使えば、研究の幅が広がる可能性がありました。そこで、博士課程満期退学後に就任していた天然物化学講座の助教の職を辞し、理化学研究所放射光科学総合研究センターの博士研究員(ポスドク)になりました。そしてSACLAを用いたタンパク質の構造解析の研究をスタートさせたのです。

研究対象に選んだ一つが、細胞膜に存在し、神経伝達物質やホルモン、化学物質、光などさまざまなシグナルを細胞外から細胞内に伝えるGタンパク質共役型受容体(GPCR)という膜タンパク質でした。このGPCRはアレルギー、味覚、視覚などさまざまな生体機能に関与しており、使用されている薬剤の半分近くはGPCRに作用するもので?薬剤開発の重要なターゲットです。シグナルを受け取ったGPCRがどのような反応(構造変化)を起こしてその信号を細胞内部に伝えるのかは、新しい薬を開発する上で重要な情報となります。

当時は、GPCRがシグナル物質を受け取って変化する様子を見るのは至難のわざでした。研究試料として選んだのは、光刺激の情報を伝達するGPCRの一種、視覚ロドプシンでした。このタンパク質は眼の網膜に存在し、光を感じるセンサーとして働いています。視覚ロドプシンはレチナールという物質をもっており、それがアンテナとして最初に光を受け取ります。するとレチナールと結合しているリジンというアミノ酸の構造が(シス型からトランス型に)変化します(これを光異性化反応という)。そして周囲のタンパク質に影響を与えることで光のシグナルが伝達されるのです。

一方、高濃度の塩湖に生息する好塩性古細菌もバクテリオロドプシンという視覚ロドプシンに類似した構造の膜タンパク質をもっています。こちらは光が当たると水素イオンを細胞膜の外に輸送する働きをもっており、結果的に光をエネルギーに変換する役割を果たしています。光を受け取るとレチナールが(トランス型からシス型に)変化します。南後さんは、まずこのバクテリオロドプシンの光異性化反応の構造解析に挑戦しました。

光を照射するとバクテリオロドプシンが反応を開始します。それにX線自由電子レーザーを照射すれば一瞬の動きを捉えた回折像が得られるはずです。しかも光照射からの経過時間を変えれば、さまざまな段階の光異性化反応をとらえることができるという筋書きです。最大の難関は、どうすれば連続的に回折画像が得られるかでした。そのためのバクテリオロドプシンタンパク質の結晶を連続的に流すための特別なインジェクター(試料輸送装置)の開発には最終的に3年近くかかりました。

SACLAのX線自由電子レーザーは1秒間に30回の頻度で照射されます。そのため、1時間で10万枚を超える膨大なデータが得られます。ただしそのうち全てが結晶からの回折像という訳ではなく、構造解析に使えるのは概ね3割か4割。開発したソフトウェアを用いて1万枚程度のデータを選び出し、そこから構造を回復することで、バクテリオロドプシンの構造変化をパラパラ漫画の原理で動画として可視化することに世界で初めて成功しました。2016年のことです。開発したインジェクター装置は今、世界中でさまざまな研究で使われています。視覚ロドプシンの光異性化反応をとらえることには、スイスの研究チームとの共同研究で2023年に成功しました。

研究成果の概念図(2023年3月プレスリリース「視覚に関わるタンパク質の超高速分子動画 -薄暗いところで光を感じる仕組み-」より)

思いがけない巡り合わせ

動的構造を見るというのは反応を見ることです。そのためには、止まった構造を決めるのとは異なるセンスが求められます。南後さんのバックグラウンドは天然物化学と有機化学でした。反応経路を考えるにあたっては、たまたま有機化学をやっていたことが役立っていると、南後さんは考えています。予想もしていなかったことですが、「反応を目で見てみたい」という学生の頃からの思いが図らずも実現しているわけです。次なる目標の1つは、天然有機化合物が酵素によって作られる酵素反応が起こる瞬間をとらえることだそうです。

東北大学構内に建設された3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuの運用が、2024年4月に開始されました。SPring-8が得意とするのは、物質の構造解析に用いられる?波長が短めの硬X線という領域の放射光です。それに対してNanoTerasuは、波長がそれよりも長い「軟X線」と呼ばれるエネルギー領域の放射光発生に適した施設です。物質の電子状態などを観察するのに適した?巨大な顕微鏡?なのです。それと共に回折実験も可能なので、南後さんらは、タンパク質の構造解析のための実験ステーションを作っているところです。

化学反応のおもしろさに目覚めた少女がここまで歩んでくるにあたっては、たくさんの困難があったそうです。大学や大学院の進学にあたっては、必ずしも家族の積極的な後押しがあったわけではありませんでした。大学卒業時は就職氷河期で、南後さんも含めた女子学生の多くが就職に大変苦労していたそうです。東北大学には2020年4月に赴任し、分子動画研究チームリーダーを兼任している理化学研究所放射光科学研究センター(兵庫県)と行ったり来たりの忙しい中での楽しみの1つは、NHKの連続テレビ小説「虎に翼」を見ること。主人公が世の中の不条理にぶつかるたびに共感し、勇気をもらっているそうです。

SACLAでの実験に参加した南後教授とメンバー(2022年7月撮影)

文責:広報室 特任教授(客員) 渡辺政隆

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問い合わせ先

東北大学総務企画部広報室
Email:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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